大仏の前で「大仏はどこですか?」小さい大仏「鎌ヶ谷大仏」【船橋百景】

船橋市とその周辺で、きれいな風景、楽しいオブジェ、変わった建物、面白い現象を写真に収める「船橋百景」
「大仏を見に行こう」と友達を誘って鎌ケ谷大仏駅で降りる。駅を出てすぐ、目の前に見えるのは…あれ?ちょっと小さくないですか?
高さ1.8メートル、台座を含めても2.3メートル。鎌倉や奈良の大仏をイメージしていた人は、思わず二度見してしまう「鎌ヶ谷大仏」です。
この船橋百景のネタも、皆さんから募集しております。可愛いオブジェ、不思議な石碑、面白い建物などなど、お気軽にご応募ください。
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アクセス 鎌ヶ谷大仏
場所はこちら。
大仏のすぐ目の前で、交番の警察官に「鎌ケ谷大仏はどこですか?」と尋ねた人がいたとか。
それくらい、想像していた大仏とは違う姿なんです。でも、だからこそ愛されているのが鎌ケ谷大仏。地元では「だいぶつさん」の愛称で親しまれています。

250年前、ある商人の思いから
この大仏が作られたのは安永5年(1776年)、今から約250年前のこと。
当時の鎌ケ谷宿で大国屋という屋号を持っていた福田文右衛門という商人が、先祖の供養のために江戸神田の鋳物師・多川主膳に作らせたものです。
開眼供養の時の様子は、かなり派手だったようです。自宅から大仏までの約327メートルの道に琉球表を敷き詰め、僧侶50人以上を招いて、江戸の高級料理屋「八百善」に300人分の料理を用意させたとか。
当時の俗謡で「つぼに白金、お平にゃ黄金、皿にゃ小判でとどめ刺す」と唄い囃されたそうです。相当なお金持ちだったんですね。

戦火を逃れた奇跡の大仏
小さいからといって侮ってはいけません。この大仏、実はすごい歴史を持っています。
明治の廃仏毀釈、太平洋戦争中の金属供出命令、さらには戦後にアメリカ軍が買い取りを申し出たことも。でも、福田家の子孫と地域の人々が必死に守り抜いてきました。
1972年には鎌ケ谷市の文化財に指定されています。今でも福田家が所有・管理していて、個人所有の大仏としては全国的にも珍しい存在です。
鎌ヶ谷大仏 施設情報
- 住所:千葉県鎌ヶ谷市鎌ヶ谷1-5
こちら読者の方から写真付きで情報提供をいただきました。ありがとうございます。










